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【読書録】死刑囚最後の日

今回読んだのは、ユゴー『死刑囚最後の日』。最初、自分があまりにも無知すぎたのと、描写が生々しすぎて死刑囚本人(または間近でそれを見ていた人)が書いた作品なのかと思ってしまった。

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物語の大部分は、ある死刑囚によって語られたように書かれている。彼が何を犯したのかはわからないが、判決を言い渡される前は「死刑になる方がまし」と言っていたにもかかわらず、いざ死刑判決を受けると、処刑当日が近づくにつれ不安定になっていく。

さらに、彼は自分が処刑されることでこの世に遺される娘のことを心配していたのだが、処刑直前の対面で娘が自分を父親と認識していないことを知り、打ちひしがれる。

 

死刑囚の語りによる部分は、死が目前に迫っていることを自覚した死刑囚の心理や、彼を取り囲む環境を描くものなのだが、続く「ある悲劇をめぐる喜劇」や「一八三二年の序文」、そして解説を読むと、メッセージ性の強い作品であることに気付く。

「メッセージ性」と軽い言葉を使ってしまったが、テーマは死刑制度の是非についてであり、非常にヘビー。ただ、作品を通じて死刑制度について考えさせられる点は多く、特に、日本でときどき聞く死刑制度を維持すべき理由に対して、本当に現行の制度は理にかなっているかを本作品を示して考えなおすことができると感じた。

たとえば

その男には家族がいる。その場合、あなた方が彼を切り殺すことで傷つくのは彼ひとりであり、父や母や子供たちが血を流すわけではない、と考えているのだろうか。いや、そうではない。彼を殺せば、家族全員が首を刎ねられるようなものだ。ここでもまた、あなた方は罪のない者たちを罰している。

死刑制度で実際に死ぬのは罪人だが、それによって罪人の家族は社会的に死ぬことになりかねない。仮にその家族が何の罪も背負っていなかったとしても、社会が家族を罰するのは、正義とは言えないような気がする。

また、見せしめのために死刑があるという意見も聞くが、見せしめとしての制度が維持されているにもかかわらず犯罪はなくなっていない。さらに、本書で死刑囚の処刑を見ている民衆は、「罪を犯さないようにしよう」と学んでいるものというよりは、一種の娯楽や怖いもの見たさで刑の執行を見ているようにしか思えなかった。

 

さらに、例えば誰かの命を奪った人間を刑に処する、ということは復讐になり、それを社会が望んでいるという意見もある。これについては私も共感できるところがあるので、考えが揺れているのだが、それに対しては以下の様に反論されている。

社会は復讐すべきだし、罰するべきだ、と。──どちらも当てはまらない。復讐は個人がすべきだし、罰するのは神の領域である。

(略)

社会は「復讐のために罰する」べきではない。 改善するために矯正すべきなのだ。

ここは、罰を与えてはいけないという趣旨ではなく、復讐や罰はそもそも社会がなすべきものなのか、ということを問うている。個人的には、世界を探せば宗教や思想が異なるだけで、強制的に思想を矯正するための施設に国民をぶちこんでしまうような状況もあるので、素直に賛同はできないのだが…。ただ、そもそも正義や司法のもとで復讐をすることは必然なのか考える、というのは自分にとっては新しい視点だった。

 

ただ、この作品だけを読んで制度の是非について議論するのは難しいとも思う。なぜなら、主人公の死刑囚の罪は最後まで明かされず、どのような罪状で死刑になったのかは読者が想像するしかないからだ。おそらくだが、誰かを殺めたことによって死刑を宣告された罪人を想像するか、思想や政治的な理由で死刑を宣告された人(それこそ、民主主義を追求した結果消されてしまう人がこの世には存在している)を想像するかで、制度に対する考えは変わってきてしまうこともあるのではないかと思う。そのように、共通の前提がない状態で何かの是非を議論しても、話はまとまらないだろう。

ちなみに、この本以外にも死刑制度について問う作品として、『死刑執行人サンソン』という本がある。両者とも死刑制度の廃止を訴えているのだが、着目点は異なるように感じた。

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『死刑執行人サンソン』では、正義の名の下で刑が執行されているにもかかわらず、その執行を行うものが蔑まれているという矛盾に着目している。実際、『死刑囚最後の日』にもサンソン(息子)が登場するのだが、正義の権化であるようには書かれていない。他方、『死刑囚最後の日』では、死刑執行人への差別についてはふれておらず、司法や社会が死刑を執行させることへの疑問をなげかけている印象を受けた。

いずれも、死刑制度の是非や、維持/廃止を支える根拠とその合理性について再考する機会を与えてくれる本だと思う。

眠れなかったジャワの夜【夜×旅】

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角田光代さんの『幾千の夜、昨日の月』を読んで、自分の夜×旅の思い出を振り返りたくなった。

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今回は、精神的にハードだった思い出として、旅先で眠れなかった夜の話を書こうと思う。

時は学生時代、私はインドネシアのジャワ島にいた。2週間ほどの短期留学で、ジョグジャカルタにあるガジャマダ大学という学校に滞在した私は、プログラムの一環で山にとまることになった。その短期留学では自然や災害復興を学ぶことがメインテーマになっていて、山、田んぼ、海部など様々なところに行った。そのうち、山での授業を受けた際、山中の研修所(のようななところ)に宿泊することになり、そこで眠れない夜を過ごすことになった。

余談だが、ガジャマダ大学は日本でいう東京大学のような地位にあり、Forestry(林業、森林管理)について学ぶ学部がある。うろ覚えだが、宿泊した研修所的な施設は、その学部の所有施設だったぽい。

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施設にはコモンスペースと、個人部屋があり、自分を含む留学生は個人部屋で眠ることになった。コモンスペースと個人部屋は廊下でつながっているのだが、この廊下が半屋外状態だった。具体的にいうと、廊下のうち、個人部屋につながる側には個人部屋と廊下を隔てる壁があるのだが、反対側には壁がない。個人部屋から出ると、目の前に広がるのは窓ガラスなどを一切隔てない、森林そのものになる。

こういうと、自然を感じられて素敵、と言えるのかもしれないが、あまりにも自然と物理的距離が近い廊下だったためか、森林内に住む生き物との距離も近かった。例えば、石材の床にはアリやカタツムリが常にいた。また、床と地面の高さがほぼ同じなので、泥も入りやすい。さらに、あいにく、その晩の天気は雨だったので、地面にうちつけられた水滴が廊下にまではねてしまい、廊下はびちゃびちゃだった(カタツムリにとってはありがたいかも)。

正直、廊下に虫がいるだけなら、踏まないように気を付ければいいだけなので、耐えられる。しかし、私が眠れないほど困ったのは、個人部屋のドア上にヤモリがいたことだ。

東南アジアには、インドネシアに限らず、ヤモリがたくさんいる。日本にもいるが、出会う頻度がけた違いに高い。大学だろうが、レストランだろうが、ホテルだろうが、いたるところにいる。インドネシア短期留学中も、全長10センチほどのヤモリは何度も見かけた。正直、虫やトカゲは苦手なので目につかないところで共存できた方がありがたいのだが、あまりにも見かけすぎるので、いちいち気にしないことにしていた。

ただ、その研修所で見かけたヤモリは、いままで見た中で最大級にデカかった。全長50センチくらいあり、片手ではつかめないくらいのウエストサイズだった。というか、あれはヤモリだったのかすら疑わしい(でも、苦手なので直視できず、正直姿はうろ覚え。もしかしたら違う生き物だったのかも)。

そのヤモリは、私の個人部屋に通じるドア上部、鉄格子で窓の様になっている部分にどっかり居座っていた。場所が場所なので、部屋に出入りする際には必ずヤモリの下を通らなくてはならない。しかも、鉄格子を通り抜けられれば部屋の内側にもヤモリは入り込めてしまう。

さすがに50センチ近くあるヤモリには恐怖を覚え、もしドア上部からおりてきて自分のベッドにきたらどうしよう、こっそりリュックに入り込んだらどうしよう、床に降りてきてもドア前に居座られたら部屋から出られないじゃん…など、良くない想像が勝手に膨らんでいった。なんでよりによって私の部屋のドア上を選んだんだよ…と、ヤモリに対する恨みさえ抱いた。

就寝時刻になり、電気を消してベッドに横になったが、直前まで良くない想像を存分に膨らませていたので、頭の回転が早まり、全然眠れない。ちょっとでも物音がすれば、ヤモリが動いたのではと思い目が覚めてしまう。そして(本当は見たくないけど)その都度ドア上のヤモリのシルエットを確認し、「よかった、まだあそこにいる」と安心してうとうとする…というのを繰り返した。この夜は、短期留学中一番寝た気がしない夜になった。

苦手なものと一緒の空間で眠ることほど難しいことはない。正直、これはヤモリに限らず、自分の場合はほかの虫(Gとか、くもとか)にも言えることではある。ただ、デカいヤモリという動きが予測できなかった生き物と眠るというのは、単にそれが苦手だからということだけでなく、得体のしれないものと同じ空間を共有しなければならない恐怖感があった。苦手意識や恐怖感を抱くと、心は疲れるが、なぜか頭が働いてしまい、疲れているのに眠れないのだなと、身をもって感じた夜になった。

ちなみに、翌朝目覚めると、デカいヤモリは姿を消していた。苦手なものと一緒にいるのは嫌だが、苦手なものの行方が知れなくなるのもそれはそれで怖い。幸い(?)部屋の中にも、廊下にもその姿はなかったので、おそらく森に帰ったのではなかろうかと思う(ことにした)。

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【読書録】望遠ニッポン見聞録

漫画『テルマエ・ロマエ』の作者であるヤマザキマリさんのエッセイを読んだ。『望遠ニッポン見聞録』というタイトルで、その名のとおり、海外生活の長い作者が客観的に日本を見て気付いたり、考えたりしたことがつづられている。

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個人的に最も印象に残ったのは、強い大和撫子の話。

大和撫子というと、おしとやかで、微笑み絶やさず、男性を支えるような、女性を思い浮かべてしまう。大和撫子という言葉が、ある種の美しさや素敵な人物像を一言で表す言葉として存在していることは否定しない。ただ、敢えてひねくれた言い方をすると、個人的には、いわゆる男女共同参画社会なんて概念がなかったころの、常に男性よりも弱い立場にい続ける女性像を思い浮かべながらいう言葉でもある思っている。

ここで女性らしさについて議論するつもりはないので、本題にはいると、肯定的な意味合いを持つ言葉として「大和撫子」という言葉がある日本では、女性に対して「逞しい」というと、褒め言葉でありつつも「女性らしくない」の暗示にもなりかねない。

しかし、デンマークでは女性を「逞しい」と形容することは、100%褒め言葉になるという。なぜかというところはぜひ本を読んでほしいのだが、とにかく私はその考え方を素敵だと思った。性別関係なくいろいろな人がいて、逞しさは個性の一つであるのに、その個性を持っているのが女性であるというだけでネガティブな意味になってしまうというのは釈然としなかった。ただ、デンマーク(もしかしたら欧米諸国では一般的にそうなのかもしれないけれど)では、性別に関係なく誰が逞しかろうと、それが素敵な個性としてすんなり評価され、受け入れられるということが、素敵だと感じた。

「逞しい」という形容の呪縛なんて、実は日本を出たら、なくなってしまうものなのかも。

【読書録】今日も一日きみを見てた

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恋愛小説にありそうな場面のタイトルだが、今回みつめる相手は人ではなく、である。

角田光代さんの『今日も一日きみを見てた』を読んだ。タイトルと本の表紙を見たときは「なぜ猫が表紙なのだろう?」と疑問に思ったけれど、本を開いて納得した。

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私は猫を飼ったことがないので、猫を飼っている人はこういう考え方をするのかと、異世界を見た気分になった。

特に驚いたのは、猫を飼っている人は、自分の家の猫だけでなくすべての猫を好きになるのに対し、犬を飼っている人は、自分の家の犬以外は(猫の場合と比べて)そこまで好きになるわけではない、ということだった。角田さんの言葉を借りれば、猫1匹はすべての猫になるが、犬1匹は1匹でしかない、という感じ。

ここで、ふと猫を飼っていて、かつ猫好きな友人を思い出してみると、たしかにそう。友人はもちろん家で飼っている猫がダントツでかわいいのだが、道端や出かける際に他の家の窓ごしに見える猫を見ても可愛いという。なんなら、自分と会った時に、道中見かけた猫のことを報告してくれる。

他方、犬を飼っている人からはあまりこういう話は聞かない。正確に言うと、その人自身が買っている犬の話は聞くのだが、たとえば散歩中にすれ違った他の犬の話はしないのである。

ちなみに、この話を猫を飼っている友人にしたところ「それ、実際に猫を飼っている他の人からも聞いたことがある」と言われた。猫を飼ったことがないBC(Before Cat)の自分が気づけなかっただけで、猫を飼っている人にはそれを自覚している人もいるのかと重ねて驚いた。

猫と犬と、わざわざ二項対立になるような話をする必要はないのだが、猫と犬はそれをめでる人の行動に変化をもたらす力があるのかなあと思った。

旅×夜の思い出

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角田光代さんの『幾千の夜、昨日の月』を読んだ。
端的に言うと、旅×夜のエッセイ。旅といっても場所は様々なので、旅ごとに違った夜のことがつづられている。

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夜と言っても、素敵なバーでご飯を食べたとか、夜景がきれいだったとか、そういうビジュアルが「映える」夜だけでなく、孤独感を感じたり、一緒に旅している人に何らかの感情を抱いた夜も含まれている。そのため、筆者と同じ場所に旅行していなくとも、共感できる経験がいくつかあった。

今回、この本を読んで、自分の旅×夜の思い出を振り返ってみたくなったので、何回かに分けて記事を書きたいと思う。

タイの寝台列車

人生初の寝台列車はタイだった。布団ごと旅をするような不思議な感覚だった。

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台北の川沿い

台湾留学中のほろ苦い思い出。

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台北の川沿い【夜×旅】

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角田光代さんの『幾千の夜、昨日の月』を読んで、自分の夜×旅の思い出を振り返りたくなった。

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旅といえるかやや怪しいが、思い出に残っている夜のひとつに、台北の川辺で過ごした時間がある。当時、台湾に留学していたものの、住み始めてまだ3カ月たっていなかった(はず)の私は、台北のどの辺の川にいったのか、正確に把握できていなかったが、住居からそこまで時間をかけずに行った記憶がある。

 

ある日の夜、私は台湾人の友人と、どういうわけか夜に二人でバイクで出かけた(私は運転できないので、二人乗り)。何が目的で出かけたのか忘れたが、よく一緒にご飯を食べに行っていた人だったので、その時もきっと晩御飯を一緒に食べに行ったのだと思う(台湾では外食が普通)。

すでに日が沈んでいたことに加え、繁華街から離れたエリアまでバイクで行ったからか、周辺も明かりがぽつぽつとしかなかった。それで、どこに行ったのかを正確に把握できなかったのだが、とりあえず、川のほとりで座っておしゃべりをしようということになった(当時の私は中国語初心者だったので、日本語で)。

何をしゃべったのか、ほとんど覚えていないのだが、唯一記憶にあるのは、そこで台湾人が

「この川沿いは、デートスポットとして有名なんだよ。」

と言ったことである。

これを聞いて、私は2つの意味で驚いた。

まず一つは、デートスポットと紹介された川辺は、冒頭紹介したように暗く、とてもデートスポットには思えなかったことである。私はなんとなく、夜デートスポットといえばイルミネーションをイメージしてしまうのだが、その川辺は真っ暗で、自分たち以外にカップルと思しき二人組はほぼみあたらない。もしかして、昼の川が美しいのか、ピクニックとかに適している場所なのか…?とも思ったが、とにかく、ただ真っ暗でどこが見どころなのかも見えない川辺をデートスポットと紹介されたことに驚いた。

もう一つは、あまり恋愛トークをしない相手の口からデートスポットという言葉が出てきたからである。当時の私たちは、毎日のように一緒に勉強し、晩御飯を食べる仲だった。あまりに一緒にいるので、友人から「你跟他交往嗎(つきあってんの)?」と聞かれることもあった。正直言えば、どっちかがきっかけさえ作れば付き合うのは時間の問題、みたいな関係だったとは思う。

ただ、その「きっかけ」というのは訪れず、それどころか恋愛の話をすることもほぼなかった。二人で話すのはもっぱらお互いの勉強の話や、私が台湾で行ってみたい場所の話だった。

だからこそ、私は「この川沿いは、デートスポットとして有名なんだよ。」という発言になんと返していいかわからなくなった。

「それって、いまわたしたちデートしてるってこと?」と素直に聞けたらよかったのかもしれないが、聞けなかった。かといって、「え、ここがデートスポットなの?」と返すのは失礼だしなあ…と悩んだ結果、なんと返したのかは覚えていないのだが、少なくともその話はあっさり終わってしまったような気がする。

真っ暗だったので、相手の顔は良く見えておらず、何を思っていたのかはよくわからない。逆に、相手にも私の顔は見えていなかったので、私が驚いていてこともわからなかったと思う。つまり、「この川沿いは、デートスポットとして有名なんだよ。」という発言があったことは確かなのだが、それ以外何も確かでない状況だった。

 

あのとき、「それって、いまわたしたちデートしてるってこと?」と聞けていたら、私の青春は変わっていたかもしれない。二人の間になかなか訪れなかった「きっかけ」になりえたのでは…そしてそれをきっかけに二人の関係性は変わったかもしれない…。

正直、この日の思い出はロマンチックな思い出というよりも、後悔の思い出として残っている。それは、質問さえしていれば…と何かを逃してしまった気持ちを強く感じるからかもしれない。

けれど、その一言がはついに出てこず、その後二人でその川に行くことも、デートやら恋愛やらの話が出ることもほぼなかった。私たちの関係は、その後ずっと友達のままである。

タイの寝台列車【夜×旅】

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角田光代さんの『幾千の夜、昨日の月』を読んで、自分の夜×旅の思い出を振り返りたくなった。

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夜×旅というと、真っ先に思い出されるのが、タイ乗った寝台列車である。

当時学生だった私は、冬休みを利用して、東南アジアの国を回る計画を立てた。ルートとしては、ラオス→タイ→マレーシア→シンガポールという順序で、途中で同伴者の入れ替えも含みつつ、約2週間かけてマレー半島を縦断した。

この旅行の計画中、どうやらラオスビエンチャン)→タイ(バンコク)への移動は寝台列車(陸路)でできるらしいということを知った。時間は半日ほどかかるが、寝台列車で寝て過ごせばあっという間だろうし、なにより飛行機を使うよりも安かった。

また、ラオス→タイへの旅行は一人ではなく先輩・友人と4人で行うつもりだったこともあり、孤独感や不安感をあまり感じることもなかったので、迷うこともなく寝台列車を使うことに。ちなみに、記憶の限りでは、私にとってこれが人生初の寝台列車になった。

詳細な行き方は省くが、方法としては、まずはビエンチャンラオスの首都)から、ノンカーイという寝台列車の始発駅までバスで移動する。実はこの時点ですでにラオスとタイの国境をまたぐことになるので、バスを降りたら入国審査を受けたうえで、列車に乗車することになる。

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ビエンチャンラオス)から、ノンカーイ(タイ)に行くバス。

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国境越えをするバスとは思えない、いかにも普通のバス停。島国日本の人間とは、国境越えの身近さもことなるのだろうかと思った。

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ラオスとタイの国境であるメコン川

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寝台列車の発車駅。駅は静かなのだがワクワクが止まらなかった。

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移動中。


寝台列車が初めてだったので、旅行だからいうよりも、寝台列車を経験する、ベッドごと別の場所に運ばれる経験をこれからするのだ、というワクワクを感じながら乗車。

寝台列車の座席はボックス席だったので、4人でお菓子を食べつつ、おしゃべりをした。夜になると、この座席が二段ベッドになり、白い布団をもらえる。布団にくるまりながら、社内が消灯されるまでおしゃべりをした。異国にいるのに、まるで修学旅行の宿に泊まっているような感覚だった。

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寝台列車の車内(ベッドではなく座席モード)。

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タイの車窓から。

消灯時刻になり、眠りにつこうとしたのだが、私は二段ベッドの下の段にいたので、車輪の音で正直よく眠れなかった。ただ、社内も、窓の外の景色も真っ暗で、寝る以外にすることがないので、目をつむりながらじっとしていると、自然と眠ってしまった。

朝6時過ぎ、車内の電気がついたので目をあけると、数時間前まで真っ暗だった窓の外から朝焼けが見えた。眠っている間に、のどかなノンカーイから、建物がひしめくバンコク付近まで移動してきたことを感じつつ、あまりにも景色が大きく変わっていたので、その変化がグラデーションのようだったのか、どこかでぱっきり変わったのか、見逃しちゃったなあ~という気分にもなった。

そうこうしているうちに、終点のバンコクに到着、列車から降りた私たちは、そのままバンコク観光へ向かった。

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タイの朝

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乗車から11時間後、バンコクに到着。メトロポリタンな雰囲気。

寝台列車の中では、おしゃべりと睡眠しかしていないので、何か特別なことをしたわけではない。ただ、寝台列車とは、その空間自体に特別感があって、たとえ安いシートでも、我々のような日常的に寝台列車に乗らない者にとっては、十分な非日常感とワクワク感を感じさせてくれる。深夜までずっと友人とおしゃべりをしていられる環境、だけど実はこのおしゃべりをしている空間ごと旅をしているという状況。ワクワクしないわけがない。しかも、そのワクワクは、旅先でホテルに泊まるのとも、友人の家にお泊りするのとも違った、旅先での夜、ではなく、夜ごと旅になるような、寝台列車独特のものだったように思う。

また機会があれば、別の場所でも寝台列車に乗ってみたい。できれば次は二段ベッドの上の段で。