読書録~看書便條~

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【今週のお題】好きな公園

今週のお題は「好きな公園」ということらしい。

小さい頃は、遊具がある公園で友達と遊んだものだった。だが、成長するにつれ、体と遊具の大きさの比率が悪くなったこともあり、遊具で遊ぶことはなくなった。

しかし、それで公園に行くのをやめたわけではなく、むしろ遊具以外の要素を求めて公園に行くようになった。例えば、大学生のときに初めて経験した花見(極寒だったけど)、公園沿いの川辺を眺めながらの散歩、小縣でくつろぎつつのピクニックなど。

ここまで思い出して、ふと、公園とは遊具などなくても公園なのだろうかと疑問に思った。公園の定義を確認したところ、国交省が説明してくれていた。

公園を設置する目的は、人々のレクリエーションの空間、良好な都市景観の形成、都市環境の改善、都市の防災性の向上、生物多様性の確保、豊かな地域づくりに資する交流の空間の提供である。

www.ktr.mlit.go.jp

ということで、遊具の有無に関係なく、上記の目的にかなうものが公園となるらしい。ちなみに、さらに細かいところまでいうと、一般に「公園」と呼ばれているものは営造物公園と地域制公園とに大別されるらしい(公園豆知識...)。私が遊具で遊んだ公園も、遊具がなかったあの公園も、全て公園だったようだ。

さて、本題に戻るが、好きな公園というのも、年を重ねるにつれて変わってきた気がする。小学生くらいまでは以下に遊具があるかがわりと重要で、鉄棒、雲梯、ブランコ、上り棒、ジャングルジムなどで遊んでいた。中学・高校は部活や勉強でそもそも外で遊ぶことがなくなったが、大学以降になるとまた公園を訪れる機会が増えた。ただ、目的は遊びではなく、花見やピクニック、散歩などに変わっていった。

最近特に好きな公園は、シートでも石でもベンチでもなんでもいいのだが、とにかく座ってお茶でも伸びつつおしゃべりが楽しめるような公園である。

冬ならば、温かい部屋でココアでものみながら屋内でぬくぬく駄弁るのがよいが、こう天気がよくなると、閉塞感のある屋内よりも、開放感ある屋外で、小鳥のさえずりをききながら駄弁るのも楽しい。耳に入る音や、目の前に見える形式はすべて日常的に存在するものであるはずなのだが、公園で駄弁るというのは少し非日常的な経験となり、新鮮な気分にさせてくれる。

完全に、幼少期から公園に対して求める要素が変わってしまった。まず、求めるものは遊具ではない。さらに、幼少期は遊具で遊ぶことが「日常」だったが、最近の私は日常の中のささやかな「非日常」的な時間をもとめて公園に行っている。年を重ねるにつれ、新たな目的と楽しみ方が生まれる公園、まだまだ気づいていない楽しみ方がありそうだ。

全く関係ないが、今まで見た中で一番不思議な公園は、台湾某所にある「相対公園」。

謎のアインシュタイン像。