読書録~看書便條~

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苦手な食べ物

緊急事態宣言が解除され、少人数で外食する機会もちらほら出てきた。
見知った相手と食事をするときは意識的に考えないのだが、仲良くなって日が浅い相手がいるときは、食べられないものやアレルギーがないか、聞くようにしている。
食事に行って、お料理を残したくないし、かといって頑張って苦手なものも食べるのはちょっといやだし、メニューを見ているときに「相手が○○を頼みませんように」とか祈るのも嫌だからだ。

シンプルに苦手で食べられないもの

ちなみに、私は苦手な食べ物が多い。苦手の度合いもいろいろあるのだが、どこで出されても食べられないものとしては、貝とレバーが挙げられる。
私の苦手な食べ物は、たいてい①食感、②風味が苦手のどちらかがその理由なのだが、貝とレバーに関しては①②どちらも満たす食べ物である。

ちなみに①でいうと、キノコや生のエビ、お肉の脂身なども苦手である。貝もそうなのだが、あのグニグニした感じがどうも好きになれない(でも、お菓子のグミはたべられるんだよね、不思議)。
②でいうと、いまなお苦手なものとしてはウニや青かびチーズがある。もとはエビやイカ、タコも苦手だったが、年齢を重ね、いろいろな調理法や味付けに出会う中で、調理方法によっては食べられるようになった。

シンプルではない理由で苦手なもの

しかし、こういうシンプルな理由で「苦手」と言えない食べ物が実はある。これは、結構厄介で「大きなくくりでは食べられるのだが、ある条件を満たしたものは食べられない」というものである。

菓子パン

ひとつめは、菓子パン。パン屋さんで焼き上げたようなパンは平気なのだが、コンビニやスーパーで売っているような菓子パンが食べられない。カレーパンやクリームパンのような「中身詰まってる系」は食べることはできるが、特に苦手なのが、「中身詰まっていない系」の甘めのパンだ。なぜ苦手なのかというと、これは過去に一度食あたりを起したからで、それ以来似た味のパンが怖くて食べられなくなった。正確に言うと、食べてもいいのだが、食後、心配過ぎて決まってお腹が痛くなる(食べ物のせいではなく、精神的なものだと思う。その証拠に、おなかを下したりマーライオンしたりすることはない)。

ペペロンチーノ

もうひとつは、ペペロンチーノ。ちなみにこれは、レストランで出されたものは食べられるので、自炊しないかぎり問題になることはない。こちらも苦手な理由は菓子パンと一緒で、過去に食あたりを起したからだ(パスタがダメだったのか、パスタソースがダメだったのかは判然としない)。あたった直後はパスタが一切食べられなくなったが、さすがに数年たち、ペペロンチーノ以外のパスタは、貝やウニ(シンプルに苦手なもの)さえ入っていなければ食べられるようになった。

ちなみに、時間軸の話をすると、菓子パンが食べられなくなった4年後にパスタにあたり、ペペロンチーノ以外のパスタを克服するのに2年程度かかったので、その2年間は菓子パンとパスタが食べられなかったことになる。日本人の主食は米、パン、麺が挙げられることが多いが、そのうち2つに苦手意識があると食の選択肢が大幅に狭まってしまう。我ながらしんどい2年間だった(だからこそ、なるべくトラウマに引っかからないような場所・ものを食べるよう試みた)。

そして、今はもう平気だが、一時期食べたら吐き気を催すほど苦手になったのが、である。一言でいうと、アレルギーによく似た症状が出てしまってからしばらく怖くて食べられなくなった。
事の発端はウン年前に台湾の某所で半熟の目玉焼きを食べたことだった。当時、今以上に中文が下手だった私は、台湾人の友人に勧められ、メニューを見ることもなく(見ても読めなかったので)おすすめを注文してもらった。そこで出された料理のひとつ(というかつけあわせ)が目玉焼きだった。
食後数分して、胃の不快感、のどのかゆみ、気分の悪さに見舞われた。そして、3回ほど吐き戻し、胃がすっからかんになったとたんに元気になった。
当時は、卵が半熟だったからあたったのだと思っていた。そのため、半熟卵や温泉卵のような、卵の風味ととろみを感じるもの(半熟卵、オムライス)を食べると、空き戻しの思い出がよみがえって気持ち悪くなってしまうようになり、結果としてそういう料理を食べなくなった。
ただ、あるとき、完全にとろみのない炒り卵を食べて同じ症状を発症したことをきっかけに、逆に半熟卵を食べられるようになった。どうやら、私は鶏の卵はOKだが、鴨の卵はダメらしく、それさえ避ければ基本よいということがわかったからである。
日本では鴨の卵にお目にかかることはそうそうないので、今では、中華料理屋に行かない限り、卵をあえて避けるということはしていない(一度、日本の中華粥屋で鴨の卵をみつけたときは心底驚いた)。

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トラウマは食の好みも変える

これらの経験から、単に味や舌触りが苦手という理由以外にも、食べ物が苦手になる契機はありうると学んだ。味は美味しいとわかっていても、過去の痛い経験が勝ってしまい、おいしいと感じられず、むしろ怖さで食べることができなくなる。
苦手な食べ物を克服する際は、おそらく、一度は口にいれないと苦手は克服できないと思うので、どちらのタイプの苦手なものでも克服は難しい。ただ、食あたりなどのトラウマがあって食べられないものについてはトラウマごと克服しなければならないのでハードルは高い気がする。自分の場合、幸い卵は原因の特定ができたので克服(というより食べられない範囲を狭める)ことができたが、相変わらず菓子パンに関しては食べられるようになっていない。
そろそろ外食の機会も増えたので、シンプルに苦手なものとトラウマに注意しつつ、食事の時間を楽しみたいと思う。また、もうコロナでしばらくお店の予約や幹事をしなくなり、ともすれば忘れてしまうが、誰しも苦手なものはあるだろうと心にとめてお店探しをしたい。